ではない。
ディルトの傍らに立つ司祭の男の満面には、『杀す事などいつでもできる』と言い切った瞬间、まぎれもなく、柔らかな、しかし见るからに邪悪で卑劣な笑みが、なみなみとたたえられていたのである。
「……っ…!!」
男の横顔に浮かんだ冷笑を见とめた途端、ディルトは背中の中央を、嫌な汗が一筋伝い落ちていく冷たさ感じて身震いした。
『杀す事などいつでもできる』
それはつまり、逆を返せば『まだ杀すには时期早尚である』という意味だ……。
「…………」
言叶を放った後も、コロッセオ中の観衆たちの声を一身に受けつつ、それでもなお、笑みを崩さぬ司祭を见つめて、ディルトは汗の渗んだ拳を握りしめると、それと同时に乾いた喉をごくりと静かに上下させた。
この男は……この男は今は『まだ』自分の事を杀さぬと、そう宣言した――。
つまりは、今からまだ、この男はこれまで以上の苦痛と阴惨な责め苦をもって、自分を……自分の心身を责めあげ、踏みにじり、愚弄して――そして……。
「く……っ」
気が付けば、観衆の骂声や怒号を浴びながら、司祭は视线だけで磔となったディルトの顔を见下ろしていた。
司祭が自分に向ける视线に、明确な軽侮の色が宿っているのに気付いたディルトが、忌々しげに瞳を细めたその矢先、男のしわがれた声が、再び聴衆に向けて张り上げられる。
「人间共は死を『魂の救済』と呼びます!死は降りかかるあらゆる苦痛からその身を解放してくれる『救い』だと言うのです!つまり!我々がこの男を杀せば、即ちそれはこの男に『救い』を……それどころか『魔族を前にして最期まで堂々と闘った名誉の死』を与える事にも繋がるのです!魔王様を暗杀しようとした人间に、我々は我が手をもって、安宁を与えてやる必要があるでしょうか!否!!ありません!だからこそ!『今はまだ』杀しません!!杀しては、ならないのです――!!それよりも!!まずはこの男に本当の地狱を、生きながらに身を焼かれる様な絶望を、见せてやらなくてはならないのです!!死を持った救済などではない、延々に続く、辛苦!苦闷!!耻辱に次ぐ耻辱――!!そのためにはどうするか……そう、この男……勇者と呼ばれるこの人间が、最も苦痛と屈辱を感じるやり方で……つまり、身体ではなくこの男の持つ魂をこそ秽し、贬めてやるのです!生き地狱!死んだ方がマシだと思う程の屈辱!しかし死ぬに死ねない、逃れるに逃れられない无间地狱!気がふれても続けられる责め苦に次ぐ责め苦!!それを……この男に与えてやろうではありませんか!!!!勇者を僭称するこのディルトという人间の……小僧に!!!!」
一际强く口角を吊り上げた司祭の声が、低い空へと响きわたった途端、闘技场は割れんばかりの大歓声に包まれた。
「ッ…!!」
大なコロッセオの敷地を全方位から取り囲むように上がったおぞましくも猛々しい歓声に、ディルトが身を强张らせているその间に、台座の傍らに立った司祭は満足げに口元を歪めると、観衆に向ける物とは全く违う、鋭く冷えた视线で、周囲の部下たちに目配せを投げる。
こ、この男……な、なんという…事を……!!
突きつけられたあまりに凄惨な现実を前にして、呼吸する事すら忘れたディルトが、目の前の司祭を射抜くように凝视しても、男は细めた双眸でディルトの顔を见下ろし嗤うものの、それ以上は口を开こうとはしなかった。
「く……そ……!」
にわかにざわめきだした场内で、何が起こるかは分からなかった。
分からなかったが、今から始まる事が、先刻暗い牢内で缲り返された阴惨极まる暴虐よりも、更に非道で邪悪さに満ちた辛苦である事だけは、降りかかる司祭の声や视线、そして沸腾するような観衆たちの歓声によって、明确すぎる程明确に理解できた。
「く……う……!」
息を饮みつつ身构えながら、ディルトが全身で魔族たちの怒声と愚弄を受け止めて、自らの身体を台座の上へと缝い付ける忌まわしい锁を激しくこすり鸣らせた、その直後。
「さあ、それでは……皆さまのご纳得を得られた所で……そろそろ待望の幕开けへと移る事にいたしましょう……!!」
歩み寄った部下から『司祭様…』と何かを耳打ちされたとほとんど同时、ディルトの傍らに立つ司祭は、高らかに吼え上げ、コロッセオ中に宣言した。
「それでは、ただいまより、この公开処刑を司り、勇者ディルトへと辛苦を味わわせる……『処刑人』の登场です!!皆